排出量取引は空理空論だ |
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温暖化ガス排出量取引は架空の絵空事である。
どうして世界中の人々がこんな馬鹿げたことを信じてしまったのだろうか。
分かりやすくなるので東京都の場合を取り上げてみよう。 東京都では、昨年4月から排出量取引制度を導入している。 1年後の今年4月から実際の取引が始まる予定だ。 現在、東京都では、ガイドラインの作成を準備するとともに様々な観点から見直しを行っているとしている。 東京都の場合、対象事業所全体、つまり東京都全体の削減量が目標に届かなかった時に一体どうするのだろうか。東京都の説明では、不足分を他県から購入する、あるいは対象外の中小企業クレジットでもって充当するなどと説明しているが、そのようないい加減さで果たして金融商品として成り立ち得るのだろうか。 一般に、市場では供給が減少すると、価格が高騰し、需要は抑えられる。 ところが排出量取引では、削減量未達の事業所は、絶対的に供給量が不足しているにもかかわらず未達分の購入が課せられている。 それを都が供給するとしている。 実体のない排出削減量を対象にして真の市場を形成することは不可能である。 罰金の目安にする程度は可能かもしれないが金融商品にはなりえない。 都のレベルだけでなく国全体の取引あるいは国際取引についても全く同じ問題が存在する。
東京都の場合は、総量規制であるから重油や電気などの使用量から削減量はかなり正確に算出できる。 しかし、京都クレジットなどのプロジェクト単位の場合、更に問題がある。 削減量の算出には様々な理論値、測定値が使用され、認定機関が算出するわけだが正確には測定不能である。 森林の温暖化ガス削減効果についても推定はできても金融商品たるべく正確な測定は不可能だろう。
温暖化ガス排出量は速やかに削減されなければならない。 そのためにはより多く削減した企業と削減不足の企業との間で取引ができるようにすれば負担が公平化され温暖化ガス削減は一層促進されるのではないか。 このような考えに科学者、エコノミスト、政府役人、環境学者そしてジャーナリスト、知の最高レベルにある人たちが催眠術に掛ったように賛同してしまい、知を働かせることを止めてしまったようだ。 排出量取引導入を定めた京都議定書の内容をよく吟味することなく受け入れてしまったのが間違いの始まりだったように思われる。 温暖化ガス削減は、日本政府も取り組み始めたように環境税などにより化石燃料に課税して化石燃料の使用を抑制するのが本道だろう。
昨年末、政府は温暖化ガスの排出量取引制度の導入について慎重に検討すると決定し、導入は事実上棚上げされた。 理由がどうであれ正しい方向に軌道修正されたと考えている。これについて日本経済新聞は昨年12月30日の社説にて、導入自体を棚上げすべきではないと主張し、依然、思考停止状態にある。 産経新聞は、12月31日付主張にて「温室効果ガス削減に対する排出量取引の効果も疑問だ」と述べ、排出量取引の効果に疑念を示した。 しかし、排出量取引そのものを否定しているわけではないようだ。
まず、新聞各社は自己批判し、そののち政府、エコノミスト、環境学者などの考えを質してほしい。 新聞社の中では比較的罪の軽い産経新聞から追求の火ぶたを切ってはどうだろうか。